地域を守る。
地域を診る。

北海道家庭医療学センターの診療所がある街。
そこには、地域を守ってくれる人たちがいるからこそ、
私たちは診ていくことができています。
「地域を守る。地域を診る。」は、同じ方向を向いて、
同じ気持ちで地域と向き合っている人にお話をお聞きする、連載リレーです。

第10回 松下明
社会医療法人清風会 岡山家庭医療センター 奈義ファミリークリニック 所長

第10回 松下明 社会医療法人清風会 岡山家庭医療センター/奈義ファミリークリニック 所長

1991年山形大学医学部卒業。川崎医科大学総合診療部にて初期・後期研修。96年米国ミシガン州立大学関連病院にて家庭医療学レジデント。2001年より奈義ファミリークリニック所長。岡山大学大学院客員教授、三重大学臨床准教授、川崎医科大 学非常勤講師。

一歩先、さらに先を行く存在として

私が川崎医科大学(岡山県)の初期研修2年目のときですから30年近く前ですね。カナダから帰国したばかりの葛西龍樹先生(北海道家庭医療学センター初代所長)が講師として川崎医大に着任されました。日本の家庭医療は黎明期で、家庭医の専門的なトレーニングを受けられるところも、指導者もほとんどいない。そうした中、カナダでFamily Medicineを学んできたばかりの葛西先生の存在は強いインパクトがありました。家族志向のケアとか、地域志向のケアとか、家庭医療の理論をみっちりと叩き込まれました。

その葛西先生が「これからは地域で家庭医を育てるんだ」とおっしゃって、北海道家庭医療学センターを立ち上げるため北海道へ行ったときのことはよく覚えています。まだ日本で専門医制度が確立されてなく、何が「正解」というのもない時代でしたから、どんな教育機関を作られるんだろうと興味を持ってみていました。

ただ、私自身はその後、米国留学や奈義ファミリークリニック(以下、奈義)の所長を任されたりという中で、北海道家庭医療学センターのことは「先を行くライバル」として横目で見ていたけれど、実際に訪れることはありませんでした。

初めてお邪魔したのは2010年です。うちも奈義のほかに津山ファミリークリニック、湯郷ファミリークリニックができて、ようやく指導医層も厚くなり、なんとか形になったぞという実感があって、じゃあよそはどんな教育をしているのか見に行ってみようと、北海道家庭医療学センターへ見学に伺ったんです。完全に打ちのめされまし たよ。後期研修プログラムはもちろんですが、その先の指導医養成( フェローシップ)にも着手している。事務局の体制もしっかりしている。「仮想敵」だなんて勝手に想像していたけれど、さらに先を行っていました。指導医-研修医という縦軸と、医師-看護師-事務といった横軸がしっかりと形成されている。これはお手本になりました。奈義はそれまで私一人ですべて仕切っていましたが、メンバーに権限と業務を渡して、みんなでクリニックをつくるという構図にシフトできたのは北海道家庭医療学センターのおかげです。

お手本にさせてもらった一方で、うちと一緒だなと確認できた部分も多々ありました。診療のスタンス、患者さんへのアプローチには文化的に近いものがあるというのが実感です。うちは「がっぷり四つ型」なんて勝手に呼んでいますが、患者さんと家族にわれわれがとにかく関わる、その人たちの危機的な場面に逃げずに向き合うというのを大事にしています。医療のど真ん中にコミュニケーションがあり、医師-患者-家族の関係、地域を支える-地域資源に支えられる関係づくりにはすごく力を入れていますが、そこは北海道家庭医療学センターも 似ていると感じました。

第10回 松下明 社会医療法人清風会 岡山家庭医療センター/奈義ファミリークリニック 所長「地を這う」ことが成長の近道

これをお読みのみなさんは学生や研修医の方が多いと思いますが、実際の診療現場では教科書に載っていないことが数多く起こり、初期・後期研修中は少なからず失敗を経験することと思います。

私自身も日本と米国で家庭医の研修を積んで自信満々で帰ってきましたが、奈義では相当打たれました。現場に出て医療を提供するというのは、そんなに簡単なことじゃない。知識や技術はもちろん必要だけれども、同じぐらい、精神力や打たれ強さ、足腰の丈夫さが求められるんだと思い知らされました。

だからレジデントには最初から美しい家庭医療を求めるよりも、「地を這う家庭医療」を通して経験を積んでほしいというのが私の考え方です。先回りして失敗を回避するより、安全に失敗できる環境を提供することが指導を行う私たちは大事だととらえています。もちろん、失敗が患者さんや家族に迷惑をかけてしまっては本末転倒ですから、うちの場合は指導医がいつでもレジデントの相談にのったり、カルテチェックで診療を振り返ることで、安全弁としての機能を担保し、レジデントには「安心して失敗しなさい」というメッセージを発信するようにしています。

2018年度から新専門医制度がスタートし、家庭医療・総合診療をめぐる状況が変わりました。数年前までは、安心して学べるプログラムが全国に数カ所しかなかったわけですが、今や全国各地に門を叩いてみようかなというプログラムが増えています。

われわれ古参のプログラムもだんだんと競合にさらされているというのが正直なところですが、ライバルが増えることは歓迎すべきことです。その中で自分たちは、良い家庭医を育成する仕組みをさらにブラッシュアップしていければいい。ただ、すべてのプログラムがうまくいっているわけではありません。私たちとしても自分だけが勝てばよいのではなく、これまでに培ったノウハウを他のプログラムに通うレジデントにも提供することで底上げを図っていきたいと考えています。

たとえばうちでは毎週木曜日の午後に勉強会を実施し、自分たちの専攻医以外にもグループの看護師や薬剤師、さらによそのプログラムに通う専攻医にも門戸を開いて材料を提供しています。年に一度、拡大版として一日たっぷり勉強会を行っていますが、これにも参加してもらっています。指導は基本的にはグループの指導医が行いますが、外部の知恵もお借りしたいということで以前、北海道家庭医療学センターの松井善典先生(浅井東診療所所長)に講義に来てもらったことがありましたね。


看護師や薬剤師の育成にもさらに注力を

家庭医療の発展のため、家庭医の育成と同時に取り組むべきこととして、看護師・薬剤師の育成があります。日本プライマリ・ケア連合学会でもプライマリ・ケア認定薬剤師制度に続いてプライマリ・ケア看護師の認定が新しくスタートしましたが、看護師・薬剤師のキャリア形成に後期研修プログラムはリンクできると考えており、奈義でもここ数年力を入れてきました。

たとえば薬剤師育成に関しては、県内のマスカット薬局と連携して「家庭医療薬剤師レジデンシー」という形で薬剤師が週に一度診療所での研修を行い、予診をとったり、訪問診療に同行してもらっています。3年間のプログラムですが、修了した人たちの働きぶりや活躍を見ながら、なかなかうまくいっているなぁと手応えを感じています。私の理想は医師と対等に渡り合える薬剤師や看護師の育成です。良い意味でお互いの専門性が発揮できれば、チームとして質の高い家庭医療を提供できるはずですし、そのパーツを育てるのも、日本プライマリ・ケア連合学会の役目であり、地域で家庭医育成を行う私たちの務めであると考えています。

北海道家庭医療学センターも看護師の育成にご尽力されていると聞いていますが、プライマリ・ケアを支えるコ・メディカルの育成にさらに力を注いでいただけたらと期待していますし、ともに切磋琢磨し合えたらそれに勝る喜びはありません。北海道家庭医療学センターは私にとって同志。同じ志を持つプログラムだと思っています。日本の家庭医療の発展を支える仲間として、また私たちが立ち向かうべき相手として、これからもあり続けてほしいと願っています。

第10回 松下明 社会医療法人清風会 岡山家庭医療センター/奈義ファミリークリニック 所長

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