地域を守る。
地域を診る。

北海道家庭医療学センターの診療所がある街。
そこには、地域を守ってくれる人たちがいるからこそ、
私たちは診ていくことができています。
「地域を守る。地域を診る。」は、同じ方向を向いて、
同じ気持ちで地域と向き合っている人にお話をお聞きする、連載リレーです。

第5回 更別村 西山猛 村長

更別村 西山猛 村長

1954年中札内生まれ。
1991年更別小学校教員、2009年更別小学校校長を経て、2015年より更別村村長。

無医村からの業務提携。手厚い体制で元気な村・更別を支える診療所。

更別村国民健康保険診療所は、1953年に村営診療所として開設されましたが、常に医師不足が課題としてあり、2000年には常勤医師がいない状況に陥っていました。当時の村長・助役・診療所事務長が、室蘭の日鋼記念病院を訪問し、当時の西村理事長、葛西医師に医師派遣を依頼し、翌年には業務提携を締結。現所長の山田康介先生を含む、お二人の研修医を派遣していただきました。その後、日鋼記念病院内にひとつの部署としてあった北海道家庭医療学センターを、草場先生、山田先生達が法人として独立させ、村としてもそのままお世話になっているというのが今日までの経緯です。現在、診療所には4人のお医者さんが常勤されています。村の人口約3,200人に対し、4人のお医者さんがいるというのは、地方の村の医療体制としては破格の充実ぶりです。村内だけでなく、中札内村をはじめとする近隣町村からの来院も多く、診療所はこの地域にとってなくてはならない存在です。

時代の流れにしたがって、更別でも高齢化は進んでいますが、村民一人当たりの医療費が道内3位に入る低さで「元気な高齢者」が多いのが自慢です。同時に出生率が1.87と高い水準で、毎年約20人の子どもが誕生する元気な村が、この更別なのです。もちろん、この村の〝元気〟を支える大きな柱となっているのが診療所であることは、言うまでもありません。

更別村 西山猛 村長診療所を核とする村の「医療と福祉への取り組み」には、全国から視察が来訪。

村では、診療所、福祉の里総合センター、老人保健福祉センター、訪問介護事業所、温泉など、医療・介護のほか健康、レクリエーションのための施設を集約しています。将来的には障がい者施設の建設も考えており、更別村における医療と福祉への取り組みは全国からの視察も多く、厚生労働省からも「更別さんはすごいですね」とお褒めの言葉をいただくことも。「今だけでなく、高齢化がピークとなる20年後30年後に今から備えるべきだ」という山田先生のアドバイスを真摯に受け止め、今後の村づくりを進めていく所存です。

山田先生をはじめとする診療所の先生方は、患者一人ひとりの情報を看護師、薬剤師、保健福祉課職員とも共有し、医療・介護・福祉が一体につながった医療を実践してくださっています。診療所の中だけでなく、訪問診療、健診、講座の開催など、幅広いフィールドにわたって活躍され、十勝の地域医療を牽引されるリーダーで、村内はもちろん十勝全域でも山田先生を知らない人はいないのではないかと言ってよいほどです。先生方の熱意に応えるべく、村でも全力で財政支援、機器・設備の導入を行い、日常的に要望を聞く体制を整えて診療所の機能充実を図っています。また、同じく提携関係にある上川町、寿都町も交えた北海道家庭医療学センターとの話し合いの場も、定期的に設けています。


全人教育の理念にも通じる、総合診療および地域医療への考え方。

私はもともと小学校教員を長く勤め、定年退職後に現職に就きました。山田先生がよくおっしゃる言葉に「病気を診るだけでなく、患者の後ろにある環境を見ることが大切。地域や経済、家庭を丸ごと見なければ医療はできない」というものがあります。それは、私が教員時代に常に考えていた「子どもを丸ごと見ることの大切さ」と同じであり、強く共感しています。

 「医療は地域で」という信念のもと、縦割りでなく様々な業種の人と連携して活動される山田先生の姿にはただ頭が下がるばかりで、幼稚園教諭・保育士・学校教員と連携して不登校の子どものケース会議を開いたり、大人の心理的ケアにも取り組むなど、感謝の念に堪えません。山田先生が村でマイホームを購入されたと聞いた時、どれほどたくさんの村民が先生の決意を喜んだことでしょうか。山田先生と北海道家庭医療学センターなくしては、この村の医療は成り立ちません。

更別村 西山猛 村長

人生を通じて寄り添い「笑顔があふれ、一人ひとりが輝く村」を目指して。

私ごとになりますが、私は3年前に母を看取りました。末期がんで、夜中に急に症状が悪化して山田先生に来ていただき「いよいよ入院を」とお願いした時に、先生に「お母さんはどうしたいんですか。お母さんがしたいようにさせてあげなきゃ」と言われたことを、今も鮮明に記憶しています。母が「うちにいたい」と答えたところ、「明日の朝、ちゃんとしたものを持ってきますから」と言って、家にあったギタースタンドとハンガー、ガムテープで即席の点滴台を作ってくれたのです。朝を待って、看護師、薬剤師、ケアマネジャーが自宅を訪れ、点滴台、可動式ベッド、トイレを搬入する様子を目の前で見て、「ここまでしてくれるのか」という大きな衝撃を受けました。

山田先生は、人間が終末期まで尊厳を守られることの大切さを常々説かれます。人生を閉じるのではなく、そこまで生きて行くのだと。その言葉をしっかりと胸に刻み付け、更別村は、医療、福祉、介護すべてにわたって日本一の村であることを目指します。村のスローガンは「笑顔があふれ、一人ひとりが輝く村」。生まれてから亡くなるまでの人生を通じて村がともに寄り添うことを大切に、これからも前進して参りたいと思います。

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