修了生インタビュー

 

白水 雅彦さん
フェロー修了/実家継承
しらみず診療所 所長
HCFM在籍期間/2020〜22年(フェローシップ 2年間)
佐賀県出身。2014年佐賀大学医学部医学科卒業後、沖縄県立南部医療センター・こども医療センターにて臨床研修・専門医研修。18年渡名喜診療所所長。20年より北海道家庭医療学センターにてフェローシップ。22年3月修了。同年4月より実家のしらみず診療所に勤務し、同年9月所長就任。日本プライマリ・ケア連合学会認定 家庭医療専門医 指導医。漢方医。
感覚的に「人を診る」から、
体系的に「人を診る」ために。
幼い頃から父を見ていたので、医者といえば父、医者といえば町医者のイメージでした。大学を卒業後、救急救命センターのある病院で臨床研修を受け、年齢を問わず「誰でも診る」、臓器に関わらず「何でも診る」医療に興味が湧いて総合診療の道に飛び込みました。専門研修3年目に沖縄県の離島、人口300人余りの渡名喜島にある診療所に赴任しました。そこは医師一人、看護師一人、事務員一人の環境で、文字通り、「誰でも診る」「何でも診る」「地域を診る」医療を経験することになります。
診療所の外でも島の人たちと親交を持つうちに、だんだんと患者さんの家族関係や、普段どんな生活をしているのかまで把握できるようになりました。そうした背景を踏まえて診療をするなかで、単に診断・治療するだけではなく、その人らしさや生き方を尊重しながら治療方法をコーディネートする家庭医療の面白さを強く感じるようになりました。
島での診療経験を通して患者さんを全人的にとらえるということを、自分ではなんとなくできるようになった感覚はありましたが、あくまで島という環境の中でのこと。耳を傾け、情報を整理して、診療に落とし込むまでを体系立ててできるかと問われれば、まったく自信が持てませんでした。家庭医療や患者さんのとらえ方について、もっと深く勉強したいという思いが次第に強くなりました。
その頃、日本プライマリ・ケア連合学会が主催する冬期セミナー(若手医師のための家庭医療学冬期セミナー)に参加し、北海道家庭医療学センターの佐藤弘太郎先生(本輪西ファミリークリニック院長)と安達記広先生(若草ファミリークリニック院長)のワークショップを受講した際、フェローシッププログラムのことを知り、北海道行きを決意しました。
決め手となったのは、フェローシップコースで学ぶ4つの領域(①家庭医療学コア②経営③医学教育④臨床研究)です。
将来的に佐賀へ戻ることは決めていたので診療所経営について知りたかったのと、佐賀で家庭医を増やしたいと考えていたため教育を学べるのはうってつけでした。臨床研究そのものは、正直そんなに強い関心があったわけではありませんが、これを機会に学ばなければ学ぶ機会はないだろうと思って研究もいいなと思いました。そういう意味では、フェローシップの4本柱がすべて僕の将来像に合致したんですね。
「生き方」も、「逝き方」も。
フェローシップの2年間は本輪西ファミリークリニックで副院長として勤務しながら、与えられた環境の中でやりたいことにチャレンジをさせていただく、非常に充実した期間になりました。なかでもACPのプロジェクトを主導させてもらったことは大きな経験です。
ご存じの通り、ACP(Advance Care Planning)とは、より良い最期を迎えるためにどうしたらいいかという話し合いを持つことで、日本語では「人生会議」と訳されます。
ACPの普及は全国的に立ち遅れていますが、地域随一の在宅療養支援診療所である本輪西ファミリークリニックであっても、必ずしもACPが十分に行われたとはいえないケースがありました。
今の日本では「死」はタブー視されていて、患者さん本人がご家族と死に方について話し合うことは稀です。在宅でお看取りをしたご家族の中には、生前本人と死に方について話さなかったばかりに、亡くなった後になって「あれで良かったんだろうか」と悩まれている方も少なからずいらっしゃいます。在宅をしている中で、本人や周囲の方々にとってより満足した逝き方を迎えるためには、ACPのような最期の在り方だけでなく、本人のこれまでの生き方、価値観、人生観を話し、共有し、最期の逝き方と今の生き方に向き合う「場」を作ることが必要だと感じています。
このため、ACP活動のプラットフォームの確立と文化の醸成を5年かけて行うプロジェクトを立ち上げました。「全ての人に満足のいく『生き方』と『逝き方』を!!」をコンセプトに、院内で勉強会を実施してACPを学んだり、普段の診療の中で患者さんに向けてACPを実践して技術・ノウハウを蓄積したり、地域住民に対して啓蒙活動を行うといった取り組みを行っています。
たとえば、本輪西ファミリークリニックのすぐそばに本光寺という浄土真宗のお寺があります。そちらの住職である日笠さんにご協力いただき、本輪西ファミリークリニックの佐藤院長と「生」や「死」について語り合う対談を行って、それを本輪西のホームページで配信しました。
ACPのプロジェクトを通して、死や生き方について家族で継続して話し合うことがあたりまえになればいいと願っていますし、Health , Illness , Contextも踏まえて診療する家庭医だからこそ踏み込んでいけると思っています。疾患だけではなく、人の全体を診る。生き方や価値観を踏まえて診療をコーディネートする。そこがまさに家庭医の専門性なんだと、本輪西の2年間で実感しました。
僕自身は本輪西を離れたものの、ACPを考えるプロジェクト自体は佐藤先生を筆頭にこれからも継続して取り組んでいってくださると思います。
もっと気軽に相談できる診療所へ。
フェローシッププログラムを修了し、今年(2022年)の春、佐賀に戻りました。父の跡を引き継いで外来診療を行っていますが、ここに来て感じるのは「話す文化」がないことです。
人口300人の渡名喜島や、家庭医療を25年以上実践している本輪西が特別なのかもしれませんが、どちらも患者さんが医者に病気のことだけではなく、日常生活や家族についても気軽に話す文化がありました。
ですがこちらでは、「こういう選択肢がありますよ、それとは別にこういう選択肢もあってメリット・デメリットはこれこれですよ」と提案しても、「先生におまかせします」と言われてしまうことがよくあるんです。医者に対して意見を言うことは失礼だという意識が少なからずあるのかもしれません。県内には家庭医療専門医も少なく、家庭医療そのものがあまり知られていないので、患者さんとしても僕に何を求めたらいいのか分からないということもあるでしょう。
まずは話せる関係性を築いて、話す文化を少しずつ浸透させていくことが第一歩と思い、できるだけ一人あたりの診療時間を取って、些細なことでも話を聞くようにしています。
また、「家庭医とは何か」「家庭医に何ができるのか」をお伝えするため、SNSやnoteを開設して、身近な話題から診療についてのアレコレを発信するようにしています。
同時に診療所の入口におすすめの本を並べ、図書館みたいに貸し借りしたり、体の不調がなくても気軽に立ち寄れるようなコミュニティの場にしようと計画中です。
今は、どれだけ診療所とのタッチポイントを増やせるかがテーマですね。
※勤務先・学年は全て取材当時のものです(2022年)
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