インタビュー

丸山 大地

国民健康保険上川医療センター
専攻医2年目

福岡大学医学部 卒業
宗像水光会総合病院 初期研修
北海道家庭医療学センター 後期研修
・帯広協会病院 医師

同じ枠組みの中だからこそ、施設ごとに際立つ違いを実感

私は実は子どものころ、宇宙航空工学や天体物理学に興味があったのですが、宇宙飛行士には医師が多いということを知ったことなどから医学部に進学することを決意しました。もちろんどのような臨床医になるのか明確にならない中で、幅広い知識・技術と同時に、包括的に人全体を診る能力を身につける家庭医としての研修は、今後、医師としての自分のコアな部分を形成してくれるのではないかと感じています。

北海道家庭医療学センターでの研修に参加したのは「後期研修プログラム」からで、1年目は帯広協会病院総合診療科、2年目が現在の上川医療センター。どちらも同じ北海道家庭医療学センターの運営なので、当然のことながら基本となる枠組みは共通です。一貫した共通の枠組みにもかかわらず、病院と郡部診療所というセッティングは違います。例えばできる検査・できない検査の差であったり、ベッド数の兼ね合いで入院となったりならなかったりする現実がある。もっと言えば、地域特性も違います。それぞれの地域で活用できる医療・福祉・介護のリソースも違うことがあります。そういった点で基本の枠組みが共通だからこそ、病院と診療所の違いをより明確に実感できる部分だと思います。


現実を学ぶ事で形成される〝人間力〟

地域医療の先進モデルとなりうる北海道。幅広い世界の学びを

僕は福岡県の出身です。道外から来た者の視点として、北海道は総合診療・家庭医へのニーズも高いのではないかと感じています。様々な場面で「家庭医の先生がいて本当に良かった」といったお言葉をいただきます。北海道で試行錯誤の中で展開されている地域医療は、これからの日本の中で一歩先んじたモデルとなる意味合いがあります。

私自身、家庭医療としてトップランナーである指導医の先生方に囲まれる中での学びが、人生を大きく変えてくれたと思います。総合診療医・家庭医は全ての学びが臨床に直結します。さらに、医療者として知識、技術的な部分はもちろんのこと、私たちの根底にある価値観を大切にしていただいていることを感じます。

私は初期研修医の時に救命救急に在籍する期間が長かったのですが、医師として初めて受け持ったのは、膵臓癌の診断をつけて手術のため他院へ紹介した患者さんでした。
時は流れ、2年目の秋頃だったかと思います。その患者さんが意識障害を主訴に末期膵臓癌で救急搬送されて来ました。私を見た同年代の息子さんが「先生で良かった。母は先生のことを信頼していました」と涙ながらに話されたのです。私は、微力ながら必ずまた家に帰れるようにできることは何でもしようと決意したのです。ICUに入った患者さんを数日の間、数え切れないほどの資料と向き合いながら診療を継続したのを覚えています。患者さんのそばにスタッフが寝床を用意してくれ、指導医もずっと私のことを気にかけてくれました。しかし、数日の経過の中でこの状況に対して私ができることが何もないことに気づいてしまったのです。ご逝去された患者さんを目の前に、言葉を紡ぐことができず死亡確認ができませんでした。その時、指導医に投げかけられた「それはお前しかできない」という言葉と、死亡確認直後に息子さんから「先生はいつもそのままでいてください」と言われた言葉はそれからの私の頭の中を大きく占めることとなりました。
あの時何ができたのか、自問自答が続く中で、上川での研修を通じてとても多くのことを学びました。終末期医療の基本的な診療技術だけでなく、医師としてのプロフェッショナリズム、コミュニケーションスキル、スタッフが働きやすい環境作り、教育理論など、それはこれまで私が抱く医療の概念を大きく変えるものでした。何よりも多くの患者さん、上川という地域全てが私の指導医となっていたことを実感しています。それはセンターの先生方がこれまで提供し続けてきた地域医療に対する、地域が出した答えなのだと思っています。ここで学べるということに感謝しながら、これからも私の答えを探し続けたいと思います。

※ 勤務先・学年は全て取材当時のものです(2017年)

国民健康保険上川医療センター

〒078-1743
北海道上川郡上川町花園町175番地
TEL.01658-2-1231
FA X.01658-2-3908


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