インタビュー

江川 正規

若草ファミリークリニック
フェローシップコース修了生

東京都出身。2015年東京医科歯科大学医学部卒業。17年より北海道家庭医療学センターにて専門研修。21年よりフェローシップコース。2023年3月修了。

振り返りで見えてくるもの。

出身は東京都です。臨床研修まですべて東京で経験しました。専門研修へ進むのにあたっては、多くの家庭医が指導医として在籍していることと、郡部・都市部それぞれの診療所を体験できることが決め手となり、北海道家庭医療学センターを選びました。

当初は4年間の専門研修を終えたら東京に帰るつもりでした。ですが、専門研修の4年目に入る年に新型コロナウイルスが流行し、この状況で戻るのは難しいだろうと判断してフェローシップコースに進みました。ですからコロナがなかったら、フェローには進んでいなかったかもしれません。でも結果的にフェローの2年間を経験できたことは自分にとって非常に大きかったと今になって思います。

北海道家庭医療学センターの教育は、振り返りを重視します。ある経験に対して、「じゃあ次はこうしよう」ではなく、「なぜそうしたのか?」「なぜそう思ったのか?」を指導医から問いかけられます。

正直なところ、最初はどうしてこんなことを聞くのか不思議に思いました。ですが、振り返りを繰り返すうちにだんだん自分というものが見えてきて、自分と患者さんとの関係性が明らかになっていくのがわかりました。

医学部で学んでいた頃は、「医者は自分が持っている専門的な知識やスキルを使って患者さんを良くするもの」と考えていました。ですが実際に診療を経験すると、ただ専門知識やスキルを駆使すれば患者さんが「良くなる」わけではなく、医療者と患者さん、さらに地域との関わりからも影響を受けることがわかってきました。そうなると、患者さんにどんな医療を提供するかを検討するだけでは不十分で、医者が自分自身をどうとらえ、患者さんとの関係性をどう構築するかまで考えることが重要になってきます。

たとえば苦手な患者さんと接するときに、「この人は高圧的な態度を取るから苦手だな。さっさと終わらせたいな」という感情が生まれたとします。医者も人間ですから、そういうことがやっぱりあるわけです。そうなると、患者さんとの間に良好な関係が築けなかったり、治療する上で必要な交渉ができなくなります。あるいは、表面上はうまくいっても、医者側が疲れ切って、だんだん診療することがしんどくなってしまう。

医者のバーンアウト(燃え尽き)というのは非常に多いケースです。

フェローシッププログラムでは、こうした苦手な患者さんへの対応事例も取り上げます。実際に苦手な患者さんを診療したケースを指導医と一緒に振り返るわけですが、関係性の修復を試みるというよりも、関係性をとらえ直すことを重視します。自分にはこういう特徴があって、こんなふうにつらく感じているんだと認識することで、「だったら次はこうしてみよう」「似たようなケースに遭遇したらこんな声がけをしてみよう」といった具合に次へつなげます。

 

 

家庭医としての生き方も考える2年間に。

北海道家庭医療学センターのフェローシッププログラムの特徴は、家庭医療学・経営・医学教育・臨床研究の4領域を深められることです。

もしどれか一つの領域に特化して専門性を高めたいのであれば、他にも学べる場所はあります。経営を学びたければMBAを取得すればいい。研究をやりたければ大学院がある。教育なら医学教育の学会もあります。北海道家庭医療学センターがすべてひとまとめにやっているのは、それぞれの領域を横断的に学ぶことを通して、家庭医としての人間形成を図っているのだと私は理解しています。

実際、フェローシッププログラムでの振り返りは診療に関することだけではなく、自分自身の生き方や、ワークライフバランスについても取り扱います。家庭医としてこれからどう生きるか、父親としてどう生きるか、働き方を含めて考えるクセが身についたのも、フェローの振り返りが大きかったと思います。

そうした意味でも、フェローは決して「おまけの2年間」ではなく、家庭医としてのレベルを一段も二段も引き上げる時間となりました。北海道家庭医療学センターの選りすぐりの指導医のもとで、家庭医が地域で生きていく上で直面する複雑困難な事象に対しても言語化を促してもらえたのは本当に幸せでした。

 

 

家庭医道に、終わりなし。

2023年3月でフェローシッププログラムが修了し、4月からは家族と一緒に東京へ戻って勤務医として家庭医療診療所で働きます。その傍ら4月以降も、指導医として北海道家庭医療学センターの教育に携わる予定です。専攻医へのポートフォリオ指導や、フェローへの講義も一部担当します。

北海道を離れても教育に携わらせてもらうのは、北海道家庭医療学センターへの恩返しという意味合いもありますが、自分自身の成長のためでもあります。省察的実践家として、診療を行いながらスキルを磨くことはとても大切ですが、どうしても自分の枠の中だけで完結してしまいがちです。自分が思いもよらないような発見や学びをするためには他者の存在が必要です。専攻医やフェローへの教育を通して、自分自身も学ぶことができたらと期待しています。

専門研修の4年間、さらにフェローの2年間を経て思うのは、家庭医には終わりがないということです。「道」という言葉を使う先生もいます。剣道や茶道の道です。つまり、専門医の資格を取ったら家庭医として完成ではなく、一生かけて突き詰めていく道なのだ、と。

これからの日本の医療を考えたとき、家庭医の存在は不可欠です。ですが、需要に対してまだまだ家庭医の数は足りていません。家庭医の数を増やすことも急務ですが、同時に質も上げていく必要があります。しかし、家庭医の専門性や奥深さが、家庭医に触れたことのない学生や研修医に伝わりにくいことも事実であり、大きな課題ととらえています。

家庭医の専門研修で得られるのは、家庭医療の知識・スキルだけではありません。私自身が経験したように、医師としての価値観が変わり、立ち振る舞いを含めて家庭医という人間へと成長していく、そこに家庭医の「道」の面白さがあります。

家庭医の専門性は複雑困難事例への対応や小児・思春期のケア、予防医療、地域の健康増進、まちづくりなど多岐にわたり、非常に奥の深い世界です。興味のある人は、ぜひ飛び込んでほしいと思います。

※勤務先・学年は全て取材当時のものです(2023年)

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