インタビュー

山下 大輔

オレゴン健康科学大学家庭医療科(OHSU)
Associate Professor of Family Medicine, School of Medicine Japan Association for Development of Community Medicine Endowed Professor
山下大輔

2000年信州大学卒業。米国横須賀海軍病院でインターン、武蔵野赤十字病院での初期臨床研修を経て、03年より聖マリアンナ医科大学総合診療内科、生協浮間診療所勤務の後、06年オレゴン健康科学大学家庭医療研修医として渡米。09年よりリーダーシップフェロー、12年よりサウスウォーターフロントクリニック所長、18年より家庭医療学科診療所統括長

日本の家庭医療の黎明期に、
HCFMは先頭を走っていた。

僕が初めて日本の家庭医療に触れたのは2002年の夏期セミナー(学生・研修医のための家庭医療学夏期セミナー)でした。それまで国内には家庭医になるための研修がないと思い込んでいましたが、美流渡診療所(北海道岩見沢市)にいらっしゃった楢戸健次郎先生が自分でプログラムを組んでスキルを磨いたと聞いて、「あぁ、こういうことを実践されてきた方がいるんだと感銘を受けました。楢戸先生はその講演の中で、「日本の医療界はプログラムを組んでトレーニングをするという意識が薄いというお話をされていました。

当時、国内には北海道家庭医療学センターのように独自の家庭医研修プログラムを実施している施設がわずかにあるだけで、「家庭医になるにはこのようなトレーニングをすればいい」という統一した研修ガイドラインは存在していませんでした。なので、家庭医を志す若手医師の多くは、初期臨床研修の後に孤軍奮闘しながら家庭医になる道を模索するしかなかったんですね。

それで、大橋博樹君(現・多摩ファミリークリニック院長)をはじめ同じような悩みを持つ若手の医師が集まって、悩みを共有しながらディスカッションする場としてメーリングリストを立ち上げました。そこで浮かび上がってきたのは、家庭医療後期研修の制度構築を求める声でした。僕らは学会なんかのときに集まってはお酒を傾けながら、「北海道みたいな研修プログラムが全国に広まっていかなくちゃダメだよね」なんて話をよくしていたんです。

僕らの年代の家庭医は、少しお兄さんの草場鉄周先生や山田康介先生も含め、ある意味で日本版家庭医のパイオニア世代だと思うんです。その前の世代、北海道家庭医療学センターの初代所長・葛西龍樹先生や、僕の師匠である藤沼康樹先生、岡田唯男先生たちは、お手本のない時代に手探りでプライマリ・ケアを探究し、海外でトレーニングを積んでそれぞれ日本に輸入されました。

僕の同年代は諸先輩方が築いた礎の上で、日本で初めての体系的なトレーニングを受けた世代なんですね。実際、2006年に旧日本家庭医療学会が家庭医療専門医の認定制度を立ち上げて念願の家庭医研修プログラムがスタートするわけですが、僕はまさにこの年に、縁あってオレゴン健康科学大学(OHSU)へ移りました。

OHSUでの3年間の学びは、振り返って考えると、お産などの初めての経験も多かったのは確かですが、基本的には日本で学んだことの再確認の作業だったように思います。特に「患者中心の医療の方法」はアメリカでは教わらないので、日本にいたときに葛西先生などから聞いたお話がとても役に立ちました。

日本の家庭医療は次のステージへ。

山下大輔

日本を離れて16年になります。その間に総合診療(家庭医療)が19番目の基本領域として位置づけられたことは、当時から考えるとすごいことだと思います。草場先生が日本プライマリ・ケア連合学会の理事長になったときもうれしかったな。

今回は、学会参加のために久々に一時帰国しましたが、大会長の博樹君をはじめ同世代の先生たちがまさに中心となって活躍している姿を見るのは本当に誇らしいですし、若い世代の家庭医がこうやってたくさん集まって、新しい領域を押し広げているのを見て、とても心強く感じています。新しい学びや刺激がありました。

現在は世界的にも家庭医の重要性が叫ばれていて、国が健康度を保つためには医師全体の40〜50%は家庭医じゃなければダメだとまでいわれています。ヨーロッパやカナダは国策としてプライマリ・ケアを推進していますし、近年はアジアでも中国や韓国、タイがプライマリ・ケアに力を入れています。

その一方で、アメリカや日本では医療制度として家庭医をまだ十分に確立できていないために、40〜50%という水準には遠く及びません。

これまでのように、いわばマニアックな、アーリーアダプターだけが来てくれるのではなく、アーリーマジョリティが集まる領域に変えていかなければなりません。今はまさにその時期です。大事なことは、ジェネラリストという専門医の魅力をどうやって伝えていくことができるか。言葉で語ることも重要ですが、背中で見せていくのも大事なこと。それが、僕らの世代が果たすべき使命だと考えています。

そうした意味で北海道家庭医療学センターは、僕がその存在を知ってから20年経ちますが、今もなお日本における家庭医研修プログラムの王道モデルであり続けています。プログラムや指導医の質の高さはもちろんですが、独立法人化して以降、拡大を続けていることは何よりも健全経営ができている証しですし、この点はもっと評価されてしかるべきです。家庭医にとって大事なことは、継続して地域を診ることですから。

とかくお医者さんは「お金のことは考えたくない」なんていう人が多いんです。でも、自己犠牲的にかっこよく地域へ出て行ったものの、2年ぐらいで経営が立ちゆかなくなって撤退するなんていうのは、一番かっこ悪いですよね。

僕自身、アメリカで何人ものメンターからこの点については厳しく指導を受けました。質改善と同様に管理運営は大事なんです。そういう意味でも、フェローシッププログラムで診療所所長などを任せながら経営を学ばせる北海道家庭医療学センターの教育スタイルは、とてもいいなと感じています。


日本には一流の家庭医研修プログラムがあるのだから。

僕は今、公益社団法人地域医療振興協会とOHSUとの交流事業に携わっていて、そのため日本の若手医師からアメリカで家庭医の研修を受けたいという相談をしばしば受けます。僕自身アメリカでのびのびと研修を受けて育ったし、その楽しさも知っているし、今もアメリカの医療問題と向き合いながら家庭医教育を行っている立場ではありますが、必ずしも全員にアメリカ行きを勧めているわけではありません。

彼らに最初に聞くのは、「これまでにどの家庭医研修プログラムを見たの?」という質問です。そのときに北海道家庭医療学センター、亀田ファミリークリニック、地域医療のススメ、僕も学んだ生協浮間診療所(CFMD家庭医療学レジデンシー)といった名門プログラムの名前が挙がらなければ、まずはそれらを見てから考えた方がいいよと提案します。

いずれ日本で家庭医として働くつもりであれば、国内で間違いなく良いトレーニングを受けられるんだし、わざわざ高い競争率のアメリカのプログラムを選ぶ必要はありません。こういうと身もフタもありませんが、隣の芝はそれほど青くはないし、何より国内ですごく品質の高い一流プログラムを、多くの人が受ける機会が用意されているわけですから。

もちろん、海外で働きたいから英語での診療経験を積みたいとか、将来は途上国で医療の発展に貢献したいとか、どうしてもアメリカで研修を受けたい理由があれば別ですよ。また異文化の中での生活にワクワクするという姿勢も大事です。そうした挑戦に対しては、僕も全力で応援します。

山下大輔

※勤務先・学年は全て取材当時のものです(2022年)

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