HCFM 座談会

『何が違う? 総合診療専⾨医と新・家庭医療専⾨医』

2020年、⽇本プライマリ・ケア連合学会の新・家庭医療専⾨医制度がスタートしました。これは、総合診療専⾨医を基盤として、国際⽔準の質の⾼い総合診療医、家庭医を養成するために設けられた学会独⾃の制度です(※)。しかし、医学⽣や臨床研修医の中には、⽇本専⾨医機構による総合診療専⾨医と何が異なるのか?そもそも両⽅を取得する意味があるのか?⼀⾒しただけではわかりにくいと感じている⽅も多いはず。北海道家庭医療学センターの指導医、専⾨研修医、専攻医それぞれの⽴ち位置からはどう⾒えているのでしょうか。

参加メンバー

中川貴史/医療法⼈北海道家庭医療学センター常務理事、栄町ファミリークリニック院⻑、指導医
松井善典/浅井東診療所所⻑、指導医
柏﨑元皓/浅井診療所所⻑、指導医、フェローシップ2年⽬
江川正規/北海道社会事業協会帯広病院総合診療科、専攻医4年⽬
※2020年8⽉時点の所属

⼆階建ての制度

松 井

今、総合診療を⽬指す⼈にとって、⽇本専⾨医機構への登録とか、総合診療専⾨医と新・家庭医療専⾨医を⼀緒にやることの意味とか、ちょっとわかりづらい制度になっているように思いますが、そのあたりをみなさんが教育の現場でどう説明しているのか、または研修を受ける先輩としてどう感じているのかというのを、この場で話ができればと思っています。ちなみに江川先⽣は専攻医4年⽬なので、新専⾨医制度の前ですよね?

江 川

そうですね。新専⾨医制度は僕の⼀年下の代からです。

松 井

協会病院(北海道社会事業協会帯広病院)は学⽣さんの⾒学も多いと思うけど、どのように説明していますか?

江 川

はい。協会病院もコロナの影響でしばらく⾒学を中⽌していましたが、つい最近解禁になりました。学⽣さんたちも夏休みを利⽤して⾒学に来ているので実際に説明する機会が増えていますが、そこではまず制度⾯の話をさせてもらっています。「以前は学会(⽇本プライマリ・ケア連合学会、以下同)が家庭医療専⾨医を認定していたけれども、2018年に機構(⽇本専⾨医機構、以下同)による総合診療専⾨医ができて、専⾨医として国の第三者機関による認定が受けられるようになりました。ただそれだけではなく、学会としても新・家庭医療専⾨医というのを⽤意しているんですよ」といった説明の仕⽅です。

松 井

「なぜ⼆つあるんですか?」というのは学⽣から聞かれますか?

江 川

そもそも⼆つあることを知らない学⽣さんが多いですね。機構の総合診療専⾨医は知っているけど、学会の新・家庭医療専⾨医を知っている⼈は体感値では3分の1ぐらいでしょう。そこで⼆つの違いの説明として、「⽇本には総合診療医が圧倒的に⾜りない。国としても増やさなければいけない。そこに対して、まずは総合診療を全国的に広めるために最低限の知識や経験、技能を担保するための資格ができました、それが総合診療専⾨医です。基礎領域として総合診療専⾨医があって、その上にサブスぺシャルティのような形で学会の新・家庭医療専⾨医というさらなるキャリアが⽤意されているんですよ」。そのような説明をしています。

中 川

江川先⽣の⾔葉にもありましたが、専⾨医機構としては多くの総合診療専⾨医を⽣み出したいという意向がある⼀⽅で、⻑年プライマリケア連合学会において家庭医療専⾨医を⽬指す専攻医の指導を⾏ってきた私たちからすると、やや物⾜りない部分もあります。よって、現時点ではできる限り専攻医の皆さんには新・家庭医療専⾨医を取得することを推奨しています。

松 井

学会の新・家庭医療専⾨医制度が⽬指すところは、⾃分で学習ができる省察的実践家になって、⼀⽣学び続けられる家庭医像というところでしょうかね。

柏 﨑

世論でとらえれば、まず、これまでは総合診療医の数が少なすぎた。そういう意味では、機構の動きは数を増やすという⽬的において意味があるでしょうし、その上で質の担保は新・家庭医療専⾨医でできる。質も求める⼈は両⽅をとったらいいんじゃないか。この⼆つは、第⼀段階、第⼆段階というイメージが強いですね、僕には。

中 川

そうだね。機構と学会のそれぞれの制度が、対⽴するものではなく、補い合う関係と考えるといいかもしれないね。

柏 﨑

もし新・家庭医療専⾨医を取得しなかったとしても、ベースとして共通したものを持っていることにはなると思うんです。新・家庭医療専⾨医を取得しないからダメということにはならないと思うんですね。同じところを志して第⼀ステップには到達したという感じなので。

松 井

機構が掲げている総合診療医像や研修⽬標は普遍的で、新・家庭医療制度にも通じる共通の研修⽬標を持っている。そこが⼀致しているから、制度が保たれている⾯はあります。

中 川

機構か、学会か、ではなく、うちのプログラムさえ⼈が集まればいいという考え⽅でもなく、オール総合診療、オール家庭医療で学⽣や臨床研修医に伝えていくことが⼤事でしょう。そうなっていかないと⼀貫性がなくなってしまいます。垣根を越え、みんなで諸⼿を挙げておすすめできるのは、我々家庭医が、これからの時代に必要不可⽋な、オーダーメイドの医療を展開できる⾃信があるからです。⽇本の未来に必要な医療だと、⾃信を持って⾔えるからです。

総合診療に⾶び込む医者を増やすには?

中 川

新専⾨医制度がスタートして以降、総合診療専⾨医研修を始めた専攻医は1年⽬(2018年)184⼈、2年⽬(2019年)が179⼈でした。この数字をどうとらえますか?

江 川

僕は⾒るべきはこれからだと思います。これまで学⽣さんの話を聞いて多かったのは、決まらないコトへの不安、先⾏きが⾒えないコトへの不安でした。新専⾨医制度が始まったとはいえ、その内容は⼀年⼀年変わり、専攻医のやらなきゃいけないことも毎年変わるという状況でしたので、学⽣さんから⾒ても「ちょっと今は……」という不安があったんじゃないかと思います。むしろ⾒るべきはこれからかなと考えていて。新・家庭医療専⾨医が⾛り出したことで、総合診療専⾨医はこうだよ、さらに学会の新家庭医療専⾨医はこうだよと⾔えるようになったのは、説明する上での強みかなと思うんです。

松 井

同感です。江川先⽣しかり、柏崎先⽣しかり。これまでの家庭医療の世界は「定まっていない場所」に⾶び込もうという奇特な⼈しか来られない状況でした。もっと普通に選択できるよとなれば、変わるかもしれません。

中 川

じゃあ、普通に⾶び込んでくれる⼈を増やすにはどうしたらいいかな。僕らにできることは?

松 井

卒業前の学⽣さんたちに、どれだけ出会えるかにかかっていると思います。

柏 﨑

現場を⾒てもらうのが⼀番ですね。⾒学でよく聞くのが、「あぁ、これが、⾼校時代に思い描いていた医者像です」といった感想です。⼈のためになりたい、⼈の役に⽴ちたい、そう思って医者を⽬指した⼈たちにとって、「⼈としてとらえる」という家庭医療はけっこう響くと思うんです。

松 井

うんうん。1年⽣には響くよね。だから5年⽣、6年⽣で彼らにもう⼀回会えると、原点回帰みたいな感じでいいのかなと思いますけどね。

柏 﨑

もう⼀つ壁としてあるのは周囲の声です。「総合診療に⾏きたい」と⾔うと、だいたい先輩医師から「⼤丈夫?」って⾔われる。「もうちょっと“ちゃんとしたもの”を学んでからの⽅がいいよ」、って。先⾏きの不安、専⾨医となったあとのキャリアに対する不安があるからですよね。そういう意味では、めちゃめちゃ国から必要とされているんだというのを、社会情勢も含めて学⽣さんに説明すると伝わるのかなと思います。

松 井

障壁としてはほかに、「⽥舎の仕事」というイメージもあるのかな。「家庭医になりたいけれど、結婚や家庭のことを考えると、都会の⽅がいいんです」っていう学⽣さんもいます。たしかに郡部にはわかりやすい総合診療があるんだけれども、都会にもすごくニーズがあるから、どこでも働けるよっていう話をすることはあるんですよ。

江 川

専⾨医機構の僻地要件の意図・施策としては、まずは医療過疎地に医者を配置したいという意図があるとは思うんですけど、潜在的なニーズとしては都市部でも、総合診療医が求められていることはまちがいないですよね。⼤学の授業ではそうしたことまで教えきれない部分もあるだろうから、とにかく総合診療医・家庭医が働いている現場、それもできたら⽥舎だけじゃなくて都会も含めて、こんな⼈がこんなところで働いているんだよという姿を⾒てほしいなと思います。

柏 﨑

病院も、ですね。診療所のイメージが強いけど、病院も総合診療を必要としていますよ、と。病院でも、都会でも、必要とされる役割ですよということを伝えたらいいのかな。

「⼈を診る」医療

松 井

それでは最後に、学⽣・臨床研修医の読者に対して、ひと⾔ずつもらえますか。

江 川

僕からのメッセージとしては、まず、総合診療医・家庭医というのは、まちがいなく、⽥舎でも、都会でも、病院でも、⽇本で求められている医者像だということを伝えたいです。なので、興味のある⽅はぜひ⾶び込んできてほしいですし、制度⾯での不安があるのもわかるので、不安のある⼈こそ、ぜひそういった総合診療の先⽣、家庭医の先⽣がいるところの診療現場を⾒に来てください。そうすればまちがいなく、不安なく⾶び込めると思います。

松 井

じゃあ僕も江川先⽣のメッセージに付け加える形で。総合診療・家庭医療は魅⼒ある先⽣の多い領域だと思います。⼈間味が豊かであったり、教えることが好きだったり。その専⾨医の魅⼒もさることながら、この業界というか、⽇本の総合診療の指導医や仲間との出会いというのは、⼀⽣働いていて楽しい環境だと思うので、そういう⾯でも安⼼して⾶び込んできてほしいなと思っています。

柏 﨑

先ほどの繰り返しになりますが、改めて伝えたいこととしては、「⼈の⼈⽣は、ドラマよりドラマチックだ」という⾔葉があるように、総合診療・家庭医療は「⼈として診る医療」であるということです。

臓器別専⾨医との違いとしては、病気という⽬線で患者をとらえるのではなく、患者を⼈としてとらえ、その患者のドラマをどういう視点で診ていくのかにあります。その上で、⾃分がどう関わって、その⼈の⼈⽣をより良くしていくのかという医療でもあるので、そういった視点、そういった医療に興味がある⽅はぜひ⾒学にきてもらえたらと思いますね。

中 川

冒頭で⼆つの制度をわかりやすいよう話をしてきたにもかかわらず、あえて逆説的なことを⾔いますが、「制度はあとからついてくる」ものだと思っています。結局はね。もちろん制度としては整備が進んでいくので安⼼して⾶び込んできてほしいし、それでも完全ではないからこそ、ともに創っていくというスタンスが⼤切だと思います。先⼈もそうしてきたであろうし、これからも正しいことをやっていけば我々が歩いたあとに制度という道ができあがっていく。だから⾃信を持ってやっていきましょう。

松 井

そうですね。地域によっても、医療のあり⽅は違うし、そこに正解はないかもしれない。だからこそ年々学びは深まるのであって、そういう意味ではなにか完成品が⽤意されていて、ずっとその枠の中で働くのではなく、⼀⽣涯⾃分で勉強していくものなので、研修期間だけでは完成しないですよね。

中 川

そうそう。僕らはabilityではなくcapabilityというか、結晶化された知識や技術を⾝に付けるのではなくて、⾃⼰開発の「能⼒」を⾝につけることが⼤事だと考えています。それができれば、⾃ずと、いろいろなものがついてくると思っています。

松 井

中川先⽣から熱いメッセージをいただいたところで、今回はお開きにしましょう。ありがとうございました!
(2020年7⽉27⽇)
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